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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)1394号 判決

原告

全逓信労働組合

原告代表者中央執行委員長

森原三登

原告訴訟代理人弁護士

金子光邦

秋田瑞枝

戸取日男

森田茂夫

丹治初彦

被告

森本龍介

外一二〇名

上記一二一名被告ら訴訟代理人弁護士

前哲夫

山内康雄

高橋敬

深草徹

主文

一  被告らは原告に対し、別紙債権一覧表の請求額欄記載の各金員及びこれらに対する同一覧表の起算日欄記載の各起算日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一・二項と同旨。

2  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

本件訴えのうち、全逓信労働者共済生活協同組合の総合共済掛金の支払を求める部分を却下する。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  原告は、郵政関係労働者の労働条件の維持改善及び相互秩序等を主たる目的とする労働組合である。

(二)  被告らはいずれも、もと原告の組合員であった者である。

2(脱退)

被告らは、別紙債権一覧表の脱退日欄記載の日にそれぞれ原告を脱退した。

3(組合費)

原告の組合規約四二条二号、四九条、同規約別表第三によれば、組合員は脱退した日の属する月まで規定の組合費を支払わなければならず、各被告の支払うべき組合費は別紙債権一覧表の組合費欄記載のとおりである。

4(犠牲者救済資金臨時徴収分)

また、昭和五九年二月二一日、二二日開催の原告中央委員会決議により、組合員は、原告の組合規約五八条に基づき、昭和五九年度賃金引上げ額の0.5か月分の犠牲者救済資金臨時徴収分(以下「犠救臨徴分」という。)を右差額精算支給時(昭和五九年九月)に納入しなければならず、各被告の支払うべき犠救臨徴分は別紙債権一覧表の犠救臨徴分欄記載のとおりである。

5(全逓信労働者共済生活協同組合の総合共済掛金)

被告らは、全逓信労働者共済生活協同組合(以下「協同組合」という。)の組合員であるが、協同組合定款六六条、同総合共済事業規約八条、三八条により、協同組合からの委託を受けて協同組合の総合共済掛金を徴収する権限を有する原告に対し、それぞれ別紙債権一覧表の総合共済掛金欄記載の右掛金をそれぞれ納入しなければならない。

6(催告)

原告は、昭和六〇年三月から四月ころ、被告らに対し、第3項から5項まで記載の各金員の支払を請求した。

よって、原告は被告らに対して、それぞれ労働組合契約に基づいて別紙債権一覧表の組合費欄・犠救臨徴分欄記載の各組合費及び犠救臨徴分、協同組合契約に基づいて同一覧表総合共済掛金欄記載の各総合共済掛金並びに右各金員に対する弁済期後である本訴状送達の日の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  本案前の主張(訴状番号102、103、104、105、106、112、113、114、115、116、117、を除く、その余の被告ら。ただし、ここに訴状番号とは別紙当事者目録の各被告名の冒頭に付された訴状番号をいう。以下、別紙一覧表を含め、同じ。)

原告は、右被告らに対し、協同組合の総合共済掛金の支払を請求しているが、仮に右被告らに支払義務があるとしても、右請求権は、協同組合に帰属するものであり、原告には訴訟上これを請求する当事者適格がなく、したがって、右訴えは却下すべきである。

三  本案前の主張に対する答弁

協同組合共済事業規約三八条、総合共済事業細則一二条によれば、原告は、協同組合の総合共済掛金の徴収権限がある。また、従来から原告が支部経由で総合共済掛金を徴収・督促してきた。さらにまた、協同組合はもと原告の直営していた共済事業を移行承継した団体であり、協同組合の役員は原告の元役員で占められているなど密接な関係にある。以上によれば、原告は協同組合に代って訴訟上総合共済掛金を請求する当事者適格を有する。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の各事実は認める。

2  同2(脱退)の事実は否認する。

もっとも、被告らが脱退したことは争わないが、その脱退時期は、別紙脱退時期一覧表記載の日時である。

3  同3(組合費)のうち、原告の組合規約に定める被告らの組合費月額が原告主張のとおりであったことは認めるが、原告主張の組合費納入義務は争う。

4  同4(犠救臨徴分)のうち、原告主張の中央委員会決議があったことは認めるが、原告主張の犠救臨徴分納入義務は争う。

5  同5(協同組合の総合共済掛金)のうち、被告らが協同組合の共済事業に加入していたこと及び被告らの総合共済掛金月額が原告主張のとおりであったことは認めるが、原告の徴収権限は不知、原告主張の右掛金納入義務は争う。

6  同6(催告)の事実は認める。

五  被告らの主張及び抗弁

1  脱退の効力発生時期に関する法律上の主張

原告の組合規約によれば、脱退は組合員所属の支部を通じて中央執行委員会に対して申出ること及び中央執行委員会が脱退の意思を確認したときに脱退の効力を生じることが定められていた。これによれば、組合員所属の支部が脱退の意思表示を受領する権限を有していたことになる(また、従前からそのような取扱いであった)。また、右規約のうち中央執行委員会の確認を要するとの部分は、脱退を実質的に制限するもので無効である。したがって、神戸港支部に脱退届の提出されたと被告らの主張する時期に、被告らの脱退の効力は生じた。

2  抗弁(慰籍料請求権による相殺)

(一) 本件紛争の経緯は以下のとおりである。

(1) 原告は、昭和五八年二月一七日、一八日開催の第八〇回中央執行委員会において、同年実施予定の地方選挙・参議院議員選挙並びに同年実施の想定されていた衆議院議員選挙に際する日本社会党及び同党所属の候補者の選挙運動資金に供するため、「総評関係八三年度政治闘争資金」として、組合員一人当たり一〇〇〇円宛、組合費の臨時徴収をすることを決定した(以下「本件決定」という)。

(2) これに対し、原告の組合員の中から、右決定は組合員各自の政党支持の自由、思想・信条の自由を侵害し、労働組合本来のあり方に反するとの批判が噴出し、多くの組合員が右決定に基づく組合費の臨時徴収に応じなかった。被告らは、右決定当時原告神戸港支部(以下「神戸港支部」という。)所属の組合員であったが、同支部においても、とりわけ右決定に対する批判が強く、右支部執行部は、多数の支部組合員の意思に基づき、右決定が、「憲法はもとより全逓規約にも違反し、民主主義確立の先頭に立つべき労働組合としてはまさに自殺行為であること」を明らかにしながらも、単一労働組合の下部組織の機関として上部機関の決定に従い、徴収事務を行ったが、これに応じて納入した支部組合員は少数であった。

(3) 原告は、右状況に直面して、昭和五八年七月六日、中央執行委員長名義で各地区本部委員長宛に「全逓第八〇回中央委員会決定にもとづく組合費の臨時徴収の未納者に対する完納にむけた対処方針について」と題する通達(全逓企第一八四号。以下「本件通達」という。)を発するに至った。本件通達は、右未納者に対し、催告状、家庭訪問を含め完納に向けた支部の取組を指導し、併せて、この指導を忠実に執行しない支部については、執行部の執行権停止、支部役員の任務凍結、未納者の選挙権・被選挙権の停止などを行うことを内容とするものであった。

(4) 本件通達は、多数の組合員から一層の反発を招き、多数の下部組織及び組合員がその撤回を求めた。神戸港支部も、昭和五八年七月二二日、右通達の撤回を求める執行委員会見解を明らかにし、同月二九日、原告中央本部に対し、右通達の撤回を求める要請書を送付し、さらに同年八月二二日開催の臨時支部大会で、右通達の撤回決議を採択し、右決議を原告中央本部に送付した。

(5) 原告兵庫地区本部(以下「地区本部」という。)は、同年九月一八日の第三六回地区大会において、本件通達に基づく取扱として、神戸港支部が正式に選出した大会代議員二名の大会参加資格を否認した。また、以降、神戸港支部選出の代表は上部機関の会議への参加資格を否認され、支部大会の開催さえ事実上禁止されることになった。

(6) このような経緯を経て、神戸港支部所属の多数の組合員は、支部長に対し、「私はこのたび全逓企一八四号により組合員としての権利が不当に制限され、このままでは生活と権利を守る活動が出来なくなった」旨の理由を明示した脱退届を提出した。そして、被告らを含めた神戸港支部所属の多数の組合員は、郵政産業労働組合神戸港支部を結成した。

(二) 以上のとおり、本件決定は、被告らの思想・信条の自由を侵害し、違法・無効であるのに、原告は被告らにこれを強制した。そして、被告らがこれを拒否すると、規約上何らの根拠もない本件通達を下部機関に発して、被告らに脅迫を加えた。のみならず、原告の下部機関である地区本部は、右通達に基づいて、被告らの選挙権、被選挙権を停止し、神戸港支部大会の開催を否認し、同支部の機能を麻痺させ、被告らをして脱退の途をとらざるを得なくさせた。原告によるこれらの行為は、違法に被告らの人格権・団結権を侵害し、被告らに著しい精神的苦痛を与えるもので、被告らに対する不法行為を構成するものであるところ、被告らが右不法行為により被った精神的苦痛に対する慰藉料は、少なくとも各五万円を下らないから、原告は被告らに対し各五万円の支払義務がある。

(三) 被告らは、昭和六一年二月七日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右慰藉料請求権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

六  被告らの主張及び抗弁に対する反論

1  主張について

(一) 組合員の脱退について、原告の規約に被告らの主張のとおりの規定が存することは認める。したがって、中央執行委員会の意思確認が脱退の要点であることも争わない。

(二) しかし、右確認行為の内容如何では問題の生ずる余地があるとしても、少なくとも、中央執行委員会に脱退意思の到達しない限り、脱退の効力発生の余地はないものである。

2  抗弁について

(一) 抗弁(一)(1)の事実のうち、昭和五八年二月一七日、一八日開催の原告第八〇回中央委員会において、本件決定がなされたことは認め、その余の事実は否認する。本件決定により徴収が決った「総評関係八三年度政治闘争資金」は、総評第六七回臨時大会(昭和五七年一〇月二一日開催)で承認決定されたもので、目的は『護憲』、『政治倫理の確立』『国民生活擁護』及び『八三年政治決戦勝利』」と定められており、「地方選、参議院選、想定される衆議院選の運動方針決定」にともない提案承認されたものではあるが、選挙運動に限らず、広く総評の行う政治闘争に使用するための資金であった。このような政治闘争資金として、使途を含めた具体的取扱いを関係会議の協議決定によるという条件を付して義務カンパとして承認決定されたものであり、実際にも右のうち、選挙運動に使用されたものはその一部であって、残りは総評自身の行う政治闘争の資金として使用されており、また、その政治闘争は、前記目的から明らかなように、組合員個人の政治的立場の相違を超えて労働組合本来の目的を達成するために行われる組合活動ともいうべきものであった。

(二) 同(2)の事実は争う。

(三) 同(3)の事実は認める。

本件通達は、前記臨時組合費の徴収を目的とするとともに、「郵政あり方懇」と結びついた組織的な未納運動に対し、原告組織を防衛する目的でなされた一定期間のやむをえない措置であり、不当なものではない。

(四) 同(4)の事実は争う。

(五) 同(5)の事実のうち、原告が地区本部を通じて神戸港支部に対し、昭和五八年九月一八日開催の第三六回地区大会への代議員二名の参加を認めなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、被告らの自由な批判活動を許し、神戸港支部との話合いを継続的に行っており、現に、昭和五九年開催の第三七回地区大会には神戸港支部から二名の代議員が出席するに至った。また、支部活動費も組合費未納にかかわらず、すべて支出してきた。

(六) 同(6)の事実のうち、被告らが「郵政産業労働組合」を結成したことは認め、その余の事実は否認する。

原告の前記(五)の措置等にかかわらず、被告らは、原告の指導に従わず、当初から従う意思もなく集団的脱退をはかり、分裂組織「郵政産業労働組合」を結成した。

(七) 同(二)の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本案前の抗弁について

1  被告ら(訴状番号102、103、104、105、106、112、113、114、115、116、117の各被告を除く。)は、原告の訴えのうち総合共済掛金の支払を求める部分については、右請求権が協同組合に帰属するものであって原告には属しないから、原告はその当事者適格を欠く、旨を主張するので以下検討する。

2  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、原告の組合規約には、協同組合について「①組合は主として第三条第二号の目的(組合員の協同福利の増進)を実現するため、第四条第四号(福利厚生)の事業として、生協法人全逓信労働者共済生活協同組合(略称・全逓共済生協)を設ける。②全逓共済生協の運営は、全逓共済生協の定款による。③組合との連携を維持発展させるため、全逓共済生協の運営状況について、組合の議決機関に報告しなければならない。」と定められていること(五九条)、協同組合の総合共済事業規約には、業務委託について「この組合は、この規約による共済事業を実施するため、全逓信労働組合(原告)およびその他の団体に次の業務を委託することができる。①契約申込書の受付に関すること②共済掛金の受入れおよび払い戻しに関すること③共済金の支払いに関すること④組合員の共済事業への加入の促進に関すること⑤その他軽易な事項に関する事」と定められていること(三八条)、そして現に、協同組合は原告に共済掛金の徴収を委託していること、神戸港支部発行の機関紙に協同組合の共済事業の案内が掲載されることがあり、また、協同組合発行のパンフレットにも、協同組合の組合員になるには原告の支部共済委員会に出資金を添えて加入申込書を提出すべきものとされていること、協同組合の組合員は、原告のほか、郵政省、全逓共済生協及び定款別表一に掲げる三七団体に属する従業員又は組合員で構成され、昭和六一年の時点で約一七万五〇〇〇人にのぼり、そのうち原告の組合員は、約一七万二〇〇〇人であり、その余の約三〇〇〇人についても、原告が共済掛金の徴収事務を委託されていること、そもそも、原告が厚生大臣から認可を受けて組合員の協同福利の増進のため行ってきた共済事業について、その福利の拡充等のため、これを別法人により運営するこが望ましいとの見地から、発展的に、協同組合を設立して、原告以外の前記団体所属従業員等のためにも右共済事業を行うことになったこと、協同組合は、その名称に原告と同じく「全逓」を冠しており、協同組合の本部は原告と同じく全逓会館にあること、協同組合の役員は原告関係者で構成されていること、以上の各事実が認定でき、右認定に反する証拠はない。

3  ところで、いわゆる任意的訴訟担当が無制限には認められないことは論を待たないところであるが、弁護士代理の原則及び訴訟信託の禁止(信託法一一条)を回避ないし潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理性・必要性がある場合には、これを許容しても妨げがないと解すべきところ、前判示のとおり、協同組合は、規約をもって、共済掛金の徴収業務につき原告への委託を定め、現実にも、共済掛金徴収に関する業務全部を原告に委託していること、原告と協同組合とは、その沿革・名称・人的構成(組合員・役員)において極めて密接不可分な関係にあり、とくに原告が協同組合の主導的立場にあることなどからすると、本件においては、原告の任意的当事者担当による前記弊害はほとんどなく、むしろ、これを認める合理性・必要性が充分認められるので、原告の当事者適格を肯定しても何ら妨げがないと解される。

したがって、前記被告らの本案前の抗弁は理由がない。

二請求原因について

1  請求原因1(当事者)について

同1の事実は当事者間に争いがない。

なお、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、神戸港支部における原告組合員は、昭和五九年七月初めころ、約一七〇人強であったところ、同年の終わりころまでに、一四〇人余が原告を脱退し、郵政産業労働組合神戸港支部を結成したこと、本件被告は総て右脱退者であること、同年七月初めころの神戸港支部の役員は、支部長が前田篤志(訴状番号111)、副支部長が木下誠治(同番号24)、書記長が本田忠広(同番号118)、執行委員が安宅孝尚(同番号106)、長谷勝(同番号107)、小池秀明(同番号108)、岩元良一(同番号109)、安達稔(同番号110)、堂上定利(同番号119)であり、いずれも本件被告となっていること、以上の各事実が認定でき、右認定に反する証拠はない。

2  同2(脱退)について

(一)  被告らが原告組合員を脱退したことは当事者間に争いがないところ、原告は、被告らは別紙債権一覧表の脱退日欄記載の日(概ね昭和五九年一〇月末ころ)に脱退した、と主張するのに対し、被告らは、右脱退の時期は別紙脱退時期一覧表記載の日(概ね昭和五九年七月末ころから八月初めころ)である、と抗争するので、以下この点につき判断する。

(二)  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認定できる。

(1) 神戸港支部書記長本田忠広は、昭和五九年一〇月二七日地区本部書記長本岡晃次に対し、一括して封筒に入れられた一二一名分の脱退届を提出し、さらに、同年一一月一三日、二二名分の脱退届が地区本部宛に郵送されてきた。右差出人は郵政産業労働組合神戸港支部と記載されていた。右脱退届一四三通は、総て同一の形式で謄写版印刷されたもので、作成日付と氏名のみが書き込まれ、かつ宛先を神戸港支部長とするものであった。また、右一四三通のうち同年一一月一三日郵送分には、訴状番号5、23、27、35、37、41、47、51、61、75、92、99、102、115、116、117、123の一七名の被告らの本件脱退届が含まれ、その余の被告らの本件脱退届は、同年一〇月二七日提出分に含まれていた。

(2) 神戸港支部は、毎月一日、地区本部に対し前月末日現在における支部組合員数等につき組織報告書を提出していた。しかし、昭和五九年八月一日付、同年九月一日付及び同年一〇月一日付の神戸港支部組織報告書には、いずれも大量脱退があったという記載はなかった。

(3) また、神戸港支部は、「全逓神戸港」なる機関紙を随時発行していた。しかし、昭和五九年七月から一〇月中旬までの間に発行された右機関紙には、組合員の大量脱退に関する記事が何ら掲載されておらず、むしろ、右期間中、本件被告らのうちから寄稿した一般記事が右機関紙に登載されていた。

(4) 前記二1掲記の神戸港支部役員らは、昭和五九年八月一日から同年一〇月までの間、支部執行委員会に出席し、あるいはオルグ活動をするなど支部役員として行動し、かつその際の日当・費用を原告に請求し、受領した。また、訴状番号23、49、50、95の被告らも、昭和五九年八月二三日及び同年九月二七日、原告に編集委員会の日当を請求し、受領した。

以上の事実が認定でき、後記措信しない証拠のほか、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

もっとも、〈証拠〉によれば、本件脱退届の作成日付が昭和五九年七月中又は同年八月初めとなっていることが認められるところ、被告らは、そのころ、本件脱退届を神戸港支部に提出し原告を脱退した、と主張し、被告本田忠広も右に沿う供述をしている。

しかし、右甲号各証に押捺されている地区本部の受付印の日付が昭和五九年一〇月二七日又は同年一一月一三日であるところ、右事実に、証人本岡晃次の証言並びに被告前田篤志本人尋問の結果を総合すると、被告らは、同年一〇月中旬ころ、本件通達の取扱いに関連して原告を脱退するほかないと決意し、間もなく、本件脱退届を神戸港支部長に提出されたものであることが認められるから、本件脱退届がいつ作成されたかはともかく、右脱退届が神戸港支部に被告ら主張のころ提出されたとは到底認められず、被告本田忠広の前記供述も措信できない(なお、例えば被告らが神戸港支部の執行委員らの誰かに脱退届を被告ら主張のころに提出したが、受取った者がそれを自己の手元に留めて置いた、ことも考えられなくはないが、このような事実を認めるに足りる証拠はない)。

(三)  また、当事者に争いのない事実及び〈証拠〉によると、原告規約三九条二には、「組合員は、この組合を脱退しようとするときは、所属の支部を通じて中央執行委員会に対し、理由を明記した書面を提出して申し出なければならない。脱退は、中央執行委員会が前項の申出書に基づき、脱退の意思を確認したときにその効力を生じる。」と定められていることが認められ、これに反する証拠はない。

(四)  以上(二)、(三)各認定事実によれば、被告らは原告主張の時期すなわち地区本部が本件脱退届を受理した時に原告を脱退したものと認めるのが相当である。

(五)  ところが、原告の組合規約は、前判示のとおり、中央委員会の意思確認をもって脱退の効力発生要件としているところ被告らは、右規約の定めは不当に脱退の自由を制限する無効のものであって、支部に脱退届が提出された時点で脱退の効力を発生させるべきである、と主張するので検討するに、なるほど、組合員は、いったん労働組合に加入した後も、脱退することは自由であり、いわれなく組合脱退の自由を制約されることは許されないが、他方、労働組合も一つの組織体である限り、その人員構成を常に明確にする必要があるから、組合員から脱退の申出があった場合、その意思確認をする手続をもって脱退の効力発生要件とすることは、その手続が簡略で実質的に脱退の自由を制限するものでない限り、合理的なものとして許され、有効であると解すべきところ、本件においては、原告の組合規約は、その文言に徴し、脱退の効力発生を中央執行委員会の確認又は承認の議決に係らしめるというものではなく、中央執行委員会が組合員の脱退意思を認識したときに何らの行為を持たず直ちに脱退の効力が生ずる趣旨である、と解釈できる(このことは、〈証拠〉により認められる、従前は脱退の申出に際し理由を明示させ、中央執行委員会の承認を要求していたのを現行規約のように改正したこと、並びに本件脱退については、地区本部に脱退届が提出され、受理されたときに脱退の効力を認めたことからも明白である。)から、脱退に関する右規約の定めは無効とはいえない。

また、被告らは、脱退届が支部へ到達した時をもって脱退の効力が生ずる慣行があったようにも、主張するが、そのような慣行があったという確証はないのみならず、前判示のとおり、被告らの脱退届が被告ら主張のころ神戸港支部に到達したとは認められないから、いずれにしても、被告らの右主張は採用できない。

3  同3(組合費)について

原告の組合規約に定める被告らの組合費月額が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

4  同4(犠救臨徴分)について

原告主張のとおり、昭和五九年二月開催の原告中央執行委員会で、原告の組合員は原告の組合規約により昭和五九年度賃金引上げ額の0.5月分の犠救臨徴分の納入すべき旨の決定がなされた事実は当事者間に争いがなく、右引上げ額の0.5月分が原告主張のとおりの額であることについては、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

5  同5(協同組合の総合共済掛金)について

被告らが協同組合の総合共済事業に加入していたこと及び被告らの総合共済掛金月額が原告主張のとおりであったことは、いずれも当事者間に争いがなく、また、原告が自己の名において右共済掛金の徴収権を有することは、前記一判示のとおりである。

6  同6(催告)について

同6(催告)の事実は当事者間に争いがない。

7  以上によれば、本件請求原因事実は総て認められ、これによる原告の本訴請求は、被告の抗弁が認められない限り理由がある。

三抗弁について

1  原告が昭和五八年二月一七日、一八日開催の第八〇回中央委員会において本件決定をしたこと、原告が、昭和五八年七月六日、中央執行委員長名義で各地区本部・地区委員長宛に本件通達を発したこと、本件通達は本件決定の定めた臨時組合員の未納者に対する支部の取組を指導し、右指導を忠実に執行しない支部執行部に対する執行権停止、支部役員の任務凍結、未納者の選挙権・被選挙権の停止等を内容とするものであったこと、原告が神戸港支部に対し、昭和五八年九月一八日開催の第三六回兵庫地区大会への代議員二名の参加を認めなかったこと、そのころ、被告らが「郵政産業労働組合」を結成したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認定できる。

(一)  前記第八〇回中央執行委員会では、file_3.jpg総評関係組織拡大資金二〇〇円、file_4.jpg総評関係八三年度闘争賦課金二〇〇円、file_5.jpg総評関係八三年度政治闘争資金一〇〇〇円、file_6.jpg公労協関係特別会計資金三五〇円の各臨時組合員の徴収が決定されたこと、右file_7.jpgの徴収決定すなわち本件決定は総評第六七回臨時大会で承認決定さたもので、目的は「護憲」「政治倫理の確立」「国民生活擁護」「八三年政治決戦勝利」と定められ、今後予定される地方公共団体首長及び議員選挙並びに参議院議員選挙、さらには想定される衆議院議員選挙の選挙運動その他総評の行う政治活動資金であった。

(二)  これに対し、全国の多数の支部では、右file_8.jpgの資金は、前記選挙において社会党及びその所属候補者の選挙運動に使用されるものであって、本件決定は、組合員の思想・信条の自由を侵害すると批判が続出し、神戸港支部執行部も本件決定に反対する立場を表明した。また、神戸港支部では、本件決定に係る臨時組合費を納入した組合員は少数であった。かかる状況のもとで、本件通達が発せられ、神戸港支部選出の代議員は地区本部の大会に参加することを拒否され(このことは当事者間に争いがない)、さらにまた、原告は、昭和五八年九月七日開催の第四二回地区本部青年部委員会に神戸港支部代表の出席を拒否した。被告らも神戸港支部を通じて原告に対し原告の右決定に反対することを表明していた。

(三)  その後、神戸港支部においては、本件通達の取扱い(撤回)をめぐって本部あるいは地区本部と折衝するなどして問題解決に努力したが、進展せず、原告は本件通達を撤回しようとしなかったので、神戸港支部は、昭和五九年一〇月二四日、「本件通達は、組合員の基本的人権を侵害し、組合の団結を破壊するものであって、原告の方針には応じられない。」という趣旨の統一見解を発表した。かような状勢から、被告らも、同年七、八月ころ以降、脱退もやむなしとの意思を固めていった。もっとも、そのころまでに、被告らの多くの者は原告の方針に反対する団体「郵政あり方懇」に参加し、そこでの討議を通じて、脱退は、神戸港支部として組織的なものとなった。そして、被告らは、同年一〇月二七日又は同年一一月一三日、神戸港支部等を介し、「私はこのたび全逓企一八四号により組合員としての権利が不当に制限され、このままでは生活と権利のを守るための活動が出来なくなったので全逓信労働組合を脱退します。」という統一様式脱退届を提出(郵送)して原告を脱退し、その直後、郵政産業労働組合神戸港支部を結成した(このことは当事者間に争いがない)。

(四)  昭和五九年七月ないし同年一〇月現在における神戸港支部の組合員数は、一七二名ないし一七四名であった。

以上の各事実が認定でき、右認定に反する証拠はない。

3  ところで、被告らの抗弁は、要するに、原告が組合員の思想・信条の自由を侵害する違法無効な本件決定を被告らに強制し、その手段として本件通達を発し、かつこれに基づく種々の統制処分をなし、被告らをして脱退の余儀なくさせたことは、被告等の人格権・団結権を侵害する不法行為であるから、右不法行為に基づく損害賠償として慰藉料の請求をする、というものである。

一般に、労働組合は、労働条件の改善その他使用者に対する経済的地位を向上させるという目的をより十分に達成するためその目的達成に必要な限りにおいて政治活動や社会活動を行いうる余地があり、その意味において公職に関する選挙運動もできると解すべきであり、したがって労働組合が、団結権に基づき組織として支持政党またはいわゆる統一候補を決定し、その選挙運動を強力に推進し、組合員にも賛同を要請すること自体は自由であり許されうるが、一方、組合員個人も、市民として政治活動の自由があり、選挙権を自由に行使しうるから、労働組合は、統制権をもってしても、組合員に対し右政治活動の自由を不当に制約するような政治活動を強制することは許されないし、組合員がこのような労働組合の決定に従わなかったからといって、直ちにこれを統制違反として処分するがごときことは到底認められず、違法な行為であることはいうまでもない(最高裁判所昭和四三年一二月四日判決、刑集二二巻一四二五頁)。

ところで、本件においては、前判示のところから明らかなように、原告は、かねて支持していた総評の政治活動のための資金、延いては、社会党及びその所属候補者の選挙資金として使用される意図の下に本件決定をなしたものであるから、それは基本的には使用者に対する経済的地位の向上を目的としたものと推断するに難くはなく、したがって、これが推進を計るため発せられた本件通達もまた、その実施を含め、相応の必要があり、かつ個人の政治的自由等を制約するものでないかぎり、にわかに違法ということはできず、むしろ、相当な措置というべきものである。

そこで、右の必要性等について考えるに、まず、前判示のところからすると、当時、本件決定の取扱いをめぐり原告内部において対立があり、反対の見解も続出していたのであるから、原告はその組織の維持強化のため、本件決定の実現を貫徹すべくある程度強力な手段を実行する必要があったものというべく、したがって、原告が本件通達を発して右決定の実現を計ろうとしたことは、団結権に由来する相当な統制権の行使として、当然許容されうるところである。とくに、神戸港支部にあっては、当時の支部所属組合員一七〇人余のうち実に一四〇人余が一挙に、かつ統一的に原告を脱退するという結果を招来したものであって、もちろん、この現象は、神戸港支部において組織的に実行されたものというべきであって、かような情勢下、原告としては、神戸港支部の分裂ないし崩壊を阻止するため、相当強力な統制権を行使せざるを得なかったものというべきである。

また、原告が本件通達に基づき神戸港支部関係について行使した統制権の内容程度について考えるに、前判示のとおり、原告は、神戸港支部自体ないし同支部の一員として行った組合活動に対し内部的な統制権の行使をなしたに留まり、被告らの政治的自由等を制約するというものではなく、もちろん、原告は、本件に関して被告らに対し除名あるいは権利停止の処分を行わず、被告らの自由な脱退を認めているものである。

そうすると、原告が団結権の維持強化のためなした本件通達の発布及びこれに基づく統制処分もまた、総て適法かつ相当なものであったといわねばならない。

4  以上のとおりであるから、被告らの抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四遅延損害金の起算日について

原告が本件遅延損害金の始期とする本件訴訟送達の日の翌日の認定については、訴状番号67、72、73、78、93、98、109、122を除く、その余の被告らについては、その本件訴状送達の日の翌日がそれぞれ別紙債権一覧表の起算日欄記載のとおりであることは、本件記録中の訴状副本等郵便送達報告書により明らかであるが、右除外した被告らについてはいずれも本件訴状送達の日を本件記録上確定しうべき訴状副本の送達報告書がないので、これらの被告との関係では、これらの被告が本件訴訟追行を本件訴訟代理人らに委任した日をもって、遅くとも本件訴状の送達があったものとみなし、右の翌日が昭和六〇年一二月六日であることは本件記録中の被告ら委任状により明らかであるので、この日をもってその起算日とした

五結論

すると、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官將積良子 裁判官山本和人)

別紙〈省略〉

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